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update: January 14, 2006 | Permalink
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ダイ・シージエ 文革をやった毛沢東っていえば、中国のどこいってもポスター貼ってあったけど、その肖像がことごとくパンダに似ていて(というか、パンダは毛沢東の生まれ変わりなのか?もしくはその逆)、その上都会の中国人たちはどうも毛沢東のことをあまり尊敬していない風なのがありありで「毛沢東=神」みたいなポスターの宣伝文句をひやかして笑っていたなあ・・という印象がある。まあ、どうでもいい話しですね・・。しかしでもまあ、それもこれも文革のときに毛沢東が都会人にやったことを考えれば無理のないことなのかもしれませんが・・・。でも、農民達はいまだに毛沢東信仰があるというのはカンボジアにおけるポルポトと同じことなんだろうな。農民が主役でいられた時代。 さて、そんな時代の映画のなかでの話し。「再教育」というのは、いってみればヤマギシ会の強制労働がより過酷になったかのような感じで、映画のなかに描かれている出来事ですら結構ひどい劣悪な環境だったのだけど、これでも中国当局の検閲によりかなり「穏やかな」表現となって描かれているらしい・・・。しかし、後にダイ・シージエなどが「それが青春であり、労働や人間関係についてなど、後の人生に役立った」と話しているように、多感な時期に異文化の強烈なカルチャー・ショックを受けるというのは、のちの人格形成にすごく影響があると思う。僕もここまで劣悪ではないけれど、わりと変な経験を結構してきていて、でもそのことが自分にとってマイナスになっているとは思わない。ちなみに、映画のなかで青年たちが村人たちにアルバニアの映画だといって「モンテ・クリスト伯」の話しを夜な夜な語ったことは、監督自身の体験に即した実話だということです。 そしてこの作品のテーマとなっているのは、異文化が受け入れられていくのか、また一冊の本がいかに人間の人生を変えてしまうかという点である。前者については目覚まし時計や仕立屋の老人の作品、後者は青年達や名もなきお針子の人生である。文化がもたらす結果についてはときには悲しいものもあり、結局は文化人の偽善じゃないのか?と思えてしまうところもある。ただ、そんな政治的な?部分をのぞけば、これは素晴らしい青春映画であり、異文化交流の話しだと思う。とくに音楽モーツアルトの曲が中国の風景にこんなにもしっくりとけ合うとは、音楽の新しい解釈をみたような感じで新鮮だった。そして若者はときとしてリスクをおってでも自分を試す冒険をしてしまうものなのだな。 また、この映画で最も印象的なのはその映像美。なんといっても中国独特というか山水画のような山岳の風景だと思う。主人公達が住んでいた家の前にひろがる池と遠くにそびえる岩山の圧倒的な景色はいったいどこなのだろうかと思って調べたところ、湖南省の張家界という場所の山中だったらしい。ううむ・・・この前の雲南旅行で懲りたはずなんだが、ここはかなり惹かれるものがあります・・・。この感覚は山登りに似ているかのような・・「そこに中国があるから行ってみるのです」とか。 Recent Entry
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