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update: October 29, 2005 | Permalink
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category: art Previous: How Much Is My Blog Worth? | Next: 東京都現代美術館:MOTコレクション(常設展)1920年代の東京/1960年代以降の美術 じつは東京都現代美術館って家からかなり近いようだと気がついた週末。いまイサム・ノグチ展がやっているようなので、ちょっくら観に行ってきました。
イサム・ノグチ(1904-1988)は日本人を父にアメリカ人を母にもち13歳で単身ニューヨークに渡り、その後医者を目指してコロンビア大学医学部に進学。ここで当時客員教授として在籍していた野口英世に「君はきっとすばらしい芸術家になれることだろう」といわれたことによって芸術の道を志し、やがては地球を彫刻した男とまで称される世界的な芸術家にまでなった芸術家。 僕のなかでは家具とか照明とか食器とかかくなんでもあるイメージが強かったのですが、本業は彫刻家だったことをはじめて知りました。それくらいの知識。しかし、なんといっても最初のエリアにある真鍮製の「レダ」(Leda: 1928)とか「足のような木」(Foot Tree: 1928)にはかなり感動。イサム・ノグチの彫刻作品ははじめてみたのだけど、彫刻というものにこんな惹かれたのってはじめてだなと思う。全体的に丸みを帯びたデザイン、表面は真鍮特有の輝きがあってまわりの風景を反射しているのだけど、そこにうつった映像はぐんにゃりと歪んでいたりする。ちょっと立ち位置を変えてみたりしてその作品の反射を通してまわりの風景を眺めていると、僕がいま見ている景色は物事のある一片だけで、実は様々な見え方とか世界がこの同じ場所に存在しているということを訴えかけているような・・・圧倒的な存在感。少なくとも僕はそんな解釈で眺めていました。 そして、圧巻だったのはポスターにも使われている、彼の代表作のひとつである「エナジー・ヴォイド」(Energy Void: 1971-72)。広い吹き抜けの空間に置かれていたのだけど、まわりの空気を変えてしまうかのような不思議な力があるように思える。3mくらいある大きさにも圧倒されるし、黒い花崗岩はまわりの光を取り込んで、それ自体がかすかに光を放っているようにも見える。朝の開館直後に行ったこともあり、人もそれほど多くなかったのでベンチに腰かけて、ぼーっと眺めていました。 エナジー・ヴォイドが置かれている部屋の横はちょっとした広場になっていて、カラス越しに景色が見えるのだけど、外では不思議な形をした台に乗って遊んでいる子供がいたりします。ということで、外に出てみるとこれもイサム・ノグチの作品で、遊具というより乗って触れて、遊べる芸術作品という感じ。でも、これって芸術の本来の姿なんだろうか。よくわかんないけど、でも子供とか(大人も割と)結構面白そうに遊んだりしています。
ラストは彼が最後に残した大作であり、2005年7月に17年の歳月をかけて完成した札幌市郊外にあるモエレ沼公園について。最初に着工がはじまったのは1988年というバブル絶頂期。たぶん、そんな時期だからこそ、ただの広い公園ではない、こんな壮大なプロジェクトが出来たんだろうなということを考えるとバブルがもたらした光の面を時間を越えて享受している気がするし、芸術の発展にはああいうちょっとおかしな時代もあってよかったのかもしれないなと思えてきたりもする。こういうのも物事の見方のひとつだよな。うん。 彼がアメリカ人とのハーフとして生きてきた時代は、かなり波瀾万丈で過酷なものだったんじゃないかと思うのだけど、それぞれの時代のなかで表現に色んな変化をつけたりして、うまく適応して成功を成し遂げた彼の作品には色々と見習うべきところが多いように思える。「あー、面白かった」だけじゃない、色んなこと考えられるいい展覧会でした。 Recent Entry
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